スポーツライターにっき
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【陸上】箱根駅伝
今朝のフジテレビのとくダネ!のオープニングで、箱根駅伝の東洋大学の脅威の記録と駅伝から先がない、つまり箱根駅伝で活躍した選手がその後オリンピックで活躍できる選手になっていないという主旨の発言を司会の小倉氏がおこなっていた。
原因として若いうちからロードをやっていると膝が壊れるというような話だったと思う。
駅伝偏重の日本の長距離陸上界に対する批判は的を得ている。

ここでも今までも書いているように、駅伝偏重がマラソンの強化につながっていないということは現実としてあるわけで、ただ、駅伝、特に箱根駅伝と実業団駅伝だけに原因があるわけではないものの、やはり昔からのマラソンファンからすると残念な気がするというのが率直な意見だ。

もっとも、フジテレビというメディア上で語ることで、日テレや実業団駅伝のTBSといった他局のコンテンツへのやっかみと捉えられる可能性もなくはないが、小倉氏は別にフジテレビの株主でもないし経営陣でもないわけで、それは穿った見方だろう。

ロードを走りすぎて膝が、、というのは100%的確かどうかはわからない。
もちろん箱根駅伝で言えば6区の山下りのような激しく膝にダメージのくるような区間もあるとはいえ、走りこみをしすぎ、あるいはロードのやりすぎ、あるいは20キロ前後で駆け引きもスタミナももつようなかたちが身についてしまっているのかもしれない。

しかし、それ以上に、やはり箱根駅伝を目指すというのは目標として当然個人の目標もあるとはいえ、やはり大学、あるいは陸上部での自分という立場が世界を目指すマラソンとなると何をしていいのかわからないような感覚があるのではないかと思うのだ。

よく駅伝ではタスキを繋ぐという言葉が多く出るというのは、それはメディアが言うだけではなく実際に選手間にも重く存在している。
つまり、駅伝は(箱根に限った話ではないが)一人で走っていても団体で走っているようなもので、それは駅伝という性格上当然といえば当然なのだが、学生時代(高校も大学も)に依存すると、さあ1人で世界を目指そうとなるとなかなかモチベーションをどう持って行っていいのかわからないということもあるのかもしれない。

もちろんコーチをはじめスタッフなどのサポートもあるわけで1人ではないのは事実だろう。
しかし、そういうものではない、団体競技としての何か。
これは大きいわけだ。
そもそもこれだけマラソン、長距離で世界と戦ってきたノウハウがどれだけスタッフ側にもあるのかということもあるのだ。
スタッフ側のノウハウが結果的に駅伝主体の方式から抜けられていないということがあるのではないか。
宗兄弟や瀬古、中山、森下あたりの時代からはマラソン自体変わってきているし、そこをキャッチアップしつつ、世界で戦えるということを考えるには、むしろ日本は逆に恵まれすぎているということもあるのかもしれない。
日本では箱根駅伝は学生ではあるが、それだけ人気が高いと、学生というプロではない人たちに影響がないわけではない。負担が学生にいっているというのは事実だろう。

そういえば今はそうでもないが6大学ラグビーも人気が高かったし、あいもかわらず高校野球も人気が高い。
こういったものに対する日本人のメンタリティはある意味、純なものが必死でやるということに、例えば肩や肘がおかしくなっても高校野球のピッチャーを酷使させる(最近はそういう傾向もなくなってきてはいるが)ということもあるわけだ。

日本の国内でそこそこ人気がある競技で世界では戦えていない競技。
それはそれであってもいいだろう。
しかし学生に負担を強いて なおかつオリンピックというのはどうなのだろうか。
どこかに歪が出る。
その歪はなんだろう、学生という当事者のその後の人生に影響をすると思う。




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【陸上】箱根駅伝
箱根駅伝は、東洋大が脅威の記録で総合優勝(往路も復路も優勝)となった。
前年に早稲田大学が作った10時間59分51秒を大幅に更新し10時間51分36秒での優勝だが
例えば、5位に入った青山学院大学が11時間08分46秒は2009年あるいは2010年の東洋大の優勝タイムより早いハイスピードな大会だったといえよう。
ここまでハイスピードのレースになると、トップチームはそれこそ1キロ2分45秒~3分弱で走り抜けるということになり、1人でも「大きな」ブレーキがあったら記録どころか勝負でも負けてしまうということが言える。
一方でミドルから下位チームもブレーキが1人でもあったらシードは取れない、一斉スタートで襷がつなげない可能性があるという恐怖が今後はもっと大きくなるのではないか。
区間賞とまではいかないがコンスタンスに区間で3位あたりの記録を出せばかなり上位にいけるということだろうがそれで優勝したチームはどれだけあるか。
区間順位は当然重要だがトップとのタイム差というのが一番重要。
例えば、今回の3区や4区だと区間4位でもその区の10傑に入るというわけだから、1位は1位で当然すばらしいわけだが、そこからどれだけ離されずにいられるかが重要だろう。だからブレーキというのは区間順位が低いということではなく区間順位が低く尚且つ区間トップとのタイム差が大きくある場合をいう。

それにしても区間順位の10傑をみると、5区の柏原竜二選手は群を抜いてすごいが、箱根駅伝が人気コンテンツになった時代、それは1993年の69回から1996年の72回までの有力な大学(それは主に早稲田大学と山梨学院大学になるわけだが)のエース級の凄さと、往路重視というのがなんとなく見える。
73回あたりからは復路にも人材を配置できるようになってきている傾向がなんとなくわかる。
ということと、やはり早大三羽烏(武井隆次、花田勝彦、櫛部静二)にしても渡辺康幸、中村祐二、古田哲弘、三代直樹などの名前とともに、やはりこの人達がオリンピックで活躍するというのを見たかったと正直思ってしまう。

駅伝をやるからマラソンが伸びない、ということは練習方法や試合の問題などいろいろあるのかもしれない。また昨今は特に高校やそれ以前より走りこみすぎて体がついていけず、結果として怪我で競技人生を終えてしまう、つまり大学駅伝がある意味ピークになってしまっているということもありえるのかもしれない。

現在では
城西大学駅伝部コーチをしている櫛部静二や上武大学駅伝部監督の花田勝彦や早稲田の駅伝監督の渡辺康幸のように当時のエース級の選手が監督やコーチになることで選手にどういった変化が出るのか。
それとも今まで通りになるのか。当然ながら大学の看板を背負っているということもあるわけで、そのプレッシャーは大きい物があるのかもしれないが、当時の反省がどう生きているのか。
それは箱根駅伝がメディアコンテンツとして花が開いた1996年の72回大会の2大学(しかも優勝候補と言われていた2校)の途中棄権から学んだことだけではなく、優秀な逸材が大学駅伝でピークになるようなことがないような対策が打てているのかこれから注目していきたい。

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【陸上】箱根駅伝
今年の箱根駅伝(第88回東京箱根間往復大学駅伝競走)は往路。
東洋大学は、
まさしくエースで”山の神”でもある柏原竜二選手の4年間と
期を同じくし往路4連覇となった。
しかも2区から1位をキープし、
柏原選手も最初から1位でのスタートとなっただけではなく区間新をとり、
前回大会で同校が樹立した往路記録を大幅に更新した結果となった。




その昔、大学の陸上長距離で箱根駅伝をコンスタンスに戦えるということは
これは優勝を狙うと言うことだけではなくシードに入るということをとっても
非常に難しいものだった。

これは20キロをそこそこのスピードで走る選手を10人そろえられるということだけでも難しいことだったからだ。
もちろん10人しかいなければその日の体調の問題も出てくるわけで、それ以上そろえることが必要になってくる。
さらに1キロを3分をメドに走れるというのは(今ではもっと早い選手もかなりいるが)相当なことだった。

1987年の日本テレビのテレビ放送前の時代は特にスポーツコンテンツとしては(メディアとして生中継はラジオだった)単に箱根駅伝ファンの正月の風物詩というレベルであって、
元旦の実業団駅伝、天皇杯サッカーと同じ程度だったと思う。
少なくとも大学ラグビーあるいは大学と実業団のトップによるラグビー日本一や高校サッカーより冬(正月)のスポーツコンテンツとしては下だったと思っている。

当然ながら学生の長距離人気が高いわけでもなく、大学側も力を入れていなかったから、最低でも20キロを走れる選手を10人以上そろえられる大学はそうなかった。

当時は大東文化大学、順天堂大学、日体大、早稲田大が強かったが、こういった大学以外は選手をそろえるのは大変だったろう。
また、その選手層の薄さやあるいは練習方法などによって、シードを外れた大学が予選から這い上がり、本戦でも活躍するというのは選手のコンディションからいっても難しかった。
ある意味、予選会突破した学校がシードに入るということ自体すごいことだった理解している。

ところが、このTV化によって大学が、大学の広告コンテンツとして利用を考えるようになった。
海外選手を利用した山梨学院大学はオツオリなどの活躍もあり1992年に優勝。
1992年までは選手層が海外選手頼みだけだった山梨学院大学は、それまでは海外選手がごぼう抜きをしてトップに来る。しかし日本人選手が順位を落とす。その中でシードに残るか残らないかという状態だった。
ところが何度も出ていくうちに日本人選手層も厚くなり強豪になったわけだ。

これに対抗という形で古豪でもある早稲田はコーチを務める瀬古利彦が各高校のエース級を次々にそろえ武井隆次・櫛部静二・花田勝彦・渡辺康幸・小林雅幸(すべて同年代というわけではない)が山梨学院への対抗馬となった。

この各高校のエース級をそろえるという方法。あるいは山梨学院のように海外選手を使うという方法。これが箱根で強豪校になる2パターンだが、もう一つのパターンが1997年に優勝した神奈川大学。

このパターンは要するに高校ではエースとまではいわない選手を鍛え上げるという方法、モチベーションを高めるということ。そして5区つまり山登りで頑張る(?)ということがキーワードとしてある。
当時、神奈川大学の近藤重勝は1年の時から4年間山登りをし、すべて区間1位か2位。
この間に山登り(当時は山登りのスペシャリストという言葉があった)が往路の勝負の鍵(の一つ)というのは明らかになっており、だからこそ早稲田大学も小林雅幸を山登りに使って新記録を出したということもある。
もちろん元祖山の神は大久保初男であるというのは事実でしょうが、5区が花の2区よりフューチャリングされるという兆しは近藤などがいた時代に目が出ていたといえる。

今は多くの大学はこの神奈川大学方式を参考にしているといえる。
しかしこの方式は神奈川大学方式という名前こそ使ったが、大学が力をそそぐという前提があればどこでもできるということもあり名前をとった神奈川大学はその中では埋没している状態だ。
当然ながら手法は大学の力の入れ方も含め、アップデートされていくもので、そのアップデート方法は細かく差異があるわけだが、それによって各大学が強化されたのは事実だろう。
また、順天堂大の今井選手から山の神という言葉を使うようになったが、それ以前の山登りのスペシャリストという言葉に象徴されるように山登りに注目が集まりやすくなったのは、たとえば神奈川大学が近藤重勝などのメンバーが卒業した後、チーム力が落ちたと思われた1998年の大会で山登りで1年生の勝間信弥が突然出てきて往路優勝した時に出てきたのではないかと思う。


生島淳さんの箱根駅伝で書かれていることに違和感はないが、補足として書いてみました。

ということで、今となる。
超人気コンテンツとなった箱根駅伝。
それにより高校駅伝も優秀な選手がそろい、それが各大学の戦国化、あるいはハイスピード化になっている。
今回も西脇工、佐久長聖、世羅、倉敷、仙台育英あるいは海外選手はガル高校から優秀な選手がどんどん箱根に参戦している。

この駅伝の人気が最終的に男子マラソンまでいければいいのだが
そこはまだまだだろう。
ただ選手がここで終わってしまうのは残念でならない。

とにかく
明日の復路が楽しみだ。


箱根駅伝 (幻冬舎新書)箱根駅伝 (幻冬舎新書)
(2011/11/29)
生島 淳

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